江口宏志氏による作品解説
nakabanはこう見えて(?)かなり計算づくのアーティストだ。へなへなと描かれた鉛筆の線、無計画に木が生い茂ったようにみえる森の絵にだまされてはいけない。関西にいた頃は、食うに困るほど持ち金を美術書収集につぎ込んでいた事もあったという彼は、アートやデザインに関する豊富な知識を持ち、古いものから現代のものまで自在に取り込み、自分のものとしている印象を受ける。
それらをあからさまに見せるのではなく、そんなことかまってられない、って雰囲気で作品を発表しているのが面白いところ。実際、作品を発表するペースはとても早い。雑誌を開けば、見慣れた「n」のサインの入ったイラストを見ないことはないし、書店に行けば、彼が表紙装画を手がけた本が平積みされている。一方でデザイナーの中林麻衣子との共同レーベル、きりん果からは、自らの作品集を出版し、展示や、波多野敦子も所属するトウヤマタケオトリオのイベントへの参加も積極的に行っている。その上アニメーションだなんて、いったいいつ遊んでいるのやら、と心配になるほどだ。
ところが、彼はけっこう遊んでいる。たまに会えば、この間、神保町の古本市でこんな本を見つけた。だの、ポルトガル旅行のエピソードを嬉々として話してくれる。そういえば、ポルトガル旅行中に描いたスケッチは、その後『リスボアの小さなスケッチ帖』(2006年 トムズボックス)となって出版されている。鉛筆だけで描かれた、リスボアの強い日差し、ざわざわとした街の様子を手の中に収めたような、親密な作品集だ。『三つの箱』の基になった『ほうき星』(2004年)というアニメーション作品も確か、ポルトガル旅行の後に作られたはずだ。ほうき星を拾ったある男の旅が5つのストーリーで構成される。温かみのある油絵の森、車窓から見えた田園風景、古今東西の様々な紙でコラージュされたほうき星や木々。通り過ぎる鳥の影や、無数の星がまたたく宇宙など。旅先の映像と、生活の中ですくいとった欠片とを、丁寧に「手」で組み合わせ施されたアニメーションは、すでに確固たる世界が形作られていて、さらに手を加えていると聞いたときに、意外な気がしたのを覚えている。
『三つの箱』で、『ほうき星』の世界はさらに曖昧になり、また緻密になったように思える。どこからか飛んできた、拾われてきた石。それらは、集められ積み上げられ、道になり、家に、家の周りを囲う塀になる。独特のフォルムの木は、雨を受け一晩でにょきにょきと伸び、森を形作る。そうして街ができる。降り止まない雨は、すべてのものを水の中に沈め、街は息を潜めたように水の中に存在し続ける。
ストーリーのようなものを書くのは野暮だとわかっている。けれど『三つの箱』は誰かにこっそり伝えたくなるような不思議な力があって、それがnakabanの旅の記憶なのか、頭の中身なのかはわからないけれど、見た人にはきっとわかってもらえると思う。
江口宏志(UTRECHT)
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