金子厚武氏によるアルバム解説:
Serphから通算6作目となるオリジナルアルバム『Aerialist』が届いた。昨年もReliqやN-qia名義でアルバムを発表するなど、相変わらずの多作家であることに変わりはないが、Serphとしては2016年に発表されたベストアルバム『PLUS ULTRA』と、同時期に発表されたプラネタリウム用のサントラ『イルカの星』以来、オリジナルアルバムとしては『Hyperion Suites』から約3年ぶりと、過去最長のリリーススパンとなる。
本作のコンセプトは「架空のロードムービーのためのサウンドトラック」。Serph自身の言葉によれば、「ビートやテクスチャーが背景・舞台で、メロディーが登場人物の台詞や心の動き、展開がストーリー」とのこと。インスピレーション源として、パオロ・ソレンティーノやヴィム・ヴェンダースの監督作品、TVゲームの『MOTHER』シリーズなどを挙げている。デビューアルバム『accidental tourist』から『Heartstrings』までの初期3作が、逃避願望を背景としたユートピアまでの道のりを描いた作品だったことを思えば、本作はある意味では原点に回帰し、新たな旅を描いた作品だと言ってもいいのかもしれない。
音楽的な特徴としては、「ビートミュージックへの再接近」を挙げることができる。『Hyperion Suites』ではSerphのルーツのひとつであるジャズに接近し、生楽器を重用したりもしていたが、本作では“sparkle”や“folky”をはじめとしたいくつかの曲でドラムンベースが用いられるなど、全体的にビートがアグレッシヴになっているのが特徴。そこに美しいピアノの旋律や、オーガニックな電子音、得意のボーカルサンプリングといったSerph印が組み合わさり、独自の世界観を形成しているのだ。常に音楽的な指針の一人となっているPrefuse 73に加え、BurialやBonoboを本作の影響源に挙げているのは、当然この変化と無関係ではないだろう。今年は4月14日に4年ぶりとなるライブの開催も決定しているため、「よりフィジカルに作用する楽曲を」という狙いもあっただろうか。
パット・メセニー・グループ“Last Train Home”からの引用と思われるオープニングナンバー“first train home”から始まった旅は、珍しくギターをフィーチャーした“airflow”、強烈に歪んだノイズとファンクベースによる“artifakt”といった新機軸も含みながら、郷愁を感じさせる“sunset”で終着点に到達。そして、本作のエンドロールに流れるラストナンバーのタイトルは“phosphorus”である。「リン」を意味するこの言葉の語源は、ギリシャ語の「光を運ぶもの」。本作は決して逃避願望の表れではなく、いかにしてリスナーに光を届けるかという、現在のSerphの心の旅を描いた作品なのだと言ってもいいだろう。
「軽業師」を意味する『Aerialist』というタイトルについては、「軽業師が命を懸けて一瞬一瞬に集中して輝くのがとても音楽的だなと思います。作品作りは綱渡りみたいなものなので、そこにSerphらしさを感じました。また、もう一つの意味として、『屋根から屋根を伝って侵入する軽業的押し入り強盗』というのがありますが、これまた様々なジャンルを取り入れて、リスナーの心を奪うアーティストを想起させるなと思いました」とのこと。あなたの心を奪う音の軽業師=Serphの最新形をじっくり味わっていただきたい。
金子厚武 |