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針のない画鋲
土井玄臣
針のない画鋲
2018.03.09
CD
NBL-223
¥2000 (without tax)
1. みえないひかり
2. ハート
3. 日々
4. 謎
5. やさしいピリオド
6. 終点はあの娘の家
7. そこにてる
8. マリーゴールド
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田中亮太氏によるアルバム解説:


Homecomingsのファースト・アルバム『Somehow, Somewhere』にも多大な影響を与えた〈夜〉がテーマの前作『The Illminated Nightingale』から約5年、遂に土井玄臣が新作を完成させた。『針のない画鋲』と題された同作は、たおやかなギター・サウンドと優しいアンビエンスを醸したシンセサイザーが交差するなか、無垢な子供ような、あるいは悟りきった聖人のような土井の歌声がゆっくりと、だが僅かもふるむことなく歩んでゆく。驚くことに、このアルバムでは、前作の特徴であった打ち込みのビートはほぼ出てこない(ある一曲のみにて、とても大切に鳴らされている)。にもかかわらず、ソングライティングとアレンジの躍動感や推進力が、不在のはずのリズムをこれまで以上に感じさせ、エモーションを加速させてゆく。

全編に漂う穏やかな浮遊感はブライアン・イーノの諸作からトロ・イ・モアの『Boo Boo』、デッドボーイの『Earth Body』にいたるアンビエントの系譜を彷彿とさせ、エロスとタナトス両面への願望を併せ持つ生々しい艶にはフランク・オーシャン『Blonde』がよぎる。ゆえに、『針のない画鋲』は極めて内省的なフォーク・アルバムでありながら、時流に照らし合わせて言え、ば神聖さをそなえたR&Bの一種のようにも聴こえる。

「もういないきみの/すぐそばにいる」こんな言葉から始まるアルバムを貫ぬいているのは〈喪失〉だ※。「彼女はさみしい色を連れ出して/ひとの心に塗り込んでは/そこからすぐ逃げた」「今も思い出は/壊れたまんまで/泣きだすんだよ」主人公は、ここにいない誰かの幻影から目をそらすことができない。眼差しを外したとき、それは消えてしまうから。

※以下、「」内は歌詞の引用

その一方で彼は、願いは果たされた瞬間から錆びていき、眩く輝いて見えたそれもハリボテにすぎなかったと、成就するやいなや気付いてしまうことも知ってしまった。「触れると枯れる花を抱えていた」「きみがその手を放した途端に/魔法が解けてしまったみたいにさ」甘美な想い出を辿る言葉を並べた音楽は、静けさの背後に悲痛さを忍ばせている。

もはや魔法を信じることもできず、かといって残像を消すこともできない。過去に立ち戻ることも未来へと舵を取ることもできない日々は、さながら煉獄にいるかのようだ。だが、この歌い手は生きていくことを綴る。

「繋がりたいから/ここにいるんだよ/またみたいから/ここにいるんだよ きみのこしらえた/謎に挑むんだよ/さようならの挨拶の振り向いたその顔にも ひとつずつ解決を/そうやって進むんだよ/意味の無い日を/いつまでも紡ぐんだよ 終わらない日々の/地獄にも耐えてゆくよ ただきみにふれたいのさ/意味なんかない」

そのとおり。恋に落ちることも、愛の終局も、幸福な記憶も、家族を持つことも、子供を授かることも、音楽も、詩も、冬の澄み切った空気も、なんの意味もない。我々の生は確かに〈針のない画鋲〉のように、役立たずで無価値だ。しかしながら、誰がそれら一切を捨て去ることができようか。このアルバムは、一文の得にもならない過去の遺物に埋もれ、何者にもなれぬまま、腐りかけながら生きることへの赦しだ。ゆえに、『針のない画鋲』は、2018年においてもっとも切実で、もっとも美しい宗教音楽である。土井玄臣が歌うように「どこまで逃げても/ここにひかりが届く」のだ。



田中亮太

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