小野島大氏によるアルバム解説:
66分、13の歌が奏でる多面体の音楽、多面体の世界。そこに広がる景色は遠いようで近く、近いようで遠く、過去と現在と未来の記憶が交錯して、さまざまに生成・合成・変容しながら、プリズムのように光が当たるたび異なる色合いを見せる。広く、深く、エレガントで、刺激的で、一旦入り込むと容易に抜け出せない迷宮のような音楽だ。
日本を代表する電子音楽家Serphの別名義Reliqの3年ぶりの新作が『Life Prismic』である。Serph、N-qiaといった名義を使い分け、2009年のデビュー以降はほぼ毎年作品を送り出す多作家だが、Reliqとしても『Minority Report』(2011)、『Metatropics』(2014)と、コンスタントに作品をリリースしてきた。本作は昨年秋にリリースされたSerph名義のアルバム『イルカの星 オリジナル・サウンドトラック』以来の作品である。
1年ほど前にSoundCloudにて本作収録の「morocco drive」を公開したところ大きな反響があり、ジャズや民族音楽を取り入れた新しいReliqの方向性が見えてきた。次に「voynich soundscript」が完成し、この2曲をキーにしたアルバム全体の流れを意識するようになり、さらにDoze Greenというニューヨークのアーティストの「Black Swan Mystery of Babylon」という作品に出会うことで、イメージが定まったという。「Black Swan Mystery of Babylon」は今作のジャケットに採用されている。
これまでReliq名義の作品はSerphよりもダンサブルな作風という位置づけだった。よりミニマルでフィジカルで強いコントラストを持った音というイメージである。だが『Life Prismic』では、Serphのダンス・ヴァージョンというようなシンプルなものではなく、もっと幾重にもレイヤーが重なったような複雑で奥深いイメージの音像を聴くことができる。時に実験的でアヴァンギャルドだが、しかし優しくメロディアスでカラフルで陽気で、そして美しい。ヨーロッパから中近東、アフリカ、中南米からアジア、そして日本へ。音楽で世界を旅しているようなエキゾティックで多国籍的な音でもある。Reliqは「Serphにあるようなコード進行を避けて、ヘビーリスニングに耐える整った複雑さを出したかった。できる限りあらゆる地域の音楽を取り入れて、凝縮して、自分の生活で機能するような音楽を目指した」と説明している。異文化を排斥し純血化を押し進めるのでなく、むしろ積極的に混じり合っていく。単なる興味本位の異国情緒ではなく、我々の生きるリアリティの中で息づく音楽。単なるグローバリズムともかつてのワールド・ミュージックとも違う、そうしたエクレクティックでヴァーサタイルなフュージョン・ミュージックの流れは、もはや世界的な潮流としてはっきりと認知されているが、『Life Prismic』がその最突端にあることは間違いない。
一曲ごとに込められたアイディアの豊富さ、リズムの多様性、音色の豊かさ、アレンジのバリエーションの多さは、間違いなく過去最高だろう。それはReliqの音楽的引き出しの多さであり、そして柔軟さの表れでもある。
タイトルの『Life Prismic』には、「生命的な複雑さを持った音楽、カラフルできらびやかな音楽、人間の多面性みたいなものをイメージした」という。アルバムのテーマを見事に言い表している。
時空を超え、民族や国境を越え、経験や感覚の違いを超え、すべてがミクスチャーしたサウンド。音を鳴らすたび違う景色が広がっていく。Reliqの切り開く新しい世界へようこそ。
小野島大 |