柴 那典氏によるアルバム解説:
ボーカロイド発、チルウェイヴ/ドリームウェイヴ経由。電子音と音声合成で描く「冬の幻想風景」へ——。
東京在住、インターネットを拠点に活動してきたエレクトロニカ・アーティストmus.hibaが、初のアルバム『White Girl』をリリースする。繊細な美意識が貫かれた作品は、タイトル通り「雪」や「冬」をイメージしたもの。一曲目「Slow Snow」から、浮遊するシンセサウンドと丹念に組み立てられたエレクトロニカ・サウンド、そして音声合成の儚げな歌声が繰り広げられる。ミニマルなビートは時に激しく、時に優しく曲を支え、「Ring」や「Magical Fizzy Drink」など、夢の世界で繰り広げられるようなファンタジーの世界を思わせる楽曲が並ぶ。
アルバム後半、7分を超える大曲で雪だるまのマークをそのまま曲名にした「☃」が一つのハイライト。そしてラウンジィな「sofa」から寒さに閉ざされる北国の夜を思わせる「ひとり」でアルバムは幕を閉じる。孤独だが、どこか満たされる感覚が貫かれている。静かな多幸感。それがこのアルバム『White Girl』のキーだ。
歌っているのは「雪歌ユフ」。いわゆるバーチャルシンガーだが、厳密に言うとボーカロイドではなくて、フリーの歌声合成ソフトウェア「UTAU」用に作られた音声ライブラリとキャラクター。ウィスパーボイスに定評があるその声質が、mus.hibaの描く世界観にぴったりとハマっている。生身の人間の歌にはなかなか出せない「存在の希薄さ」が生まれている。
歌声合成技術として初めてボーカロイドが発表されてから10年以上。単なるソフトウェアのヒットにとどまらず音楽とクリエイティブの関係を大きく変えた「初音ミク」のリリースからも、もはや7年以上。2010年代のエレクトロニカのシーンにとって、もはや歌声合成は当たり前の選択肢の一つなのだろう。ティーン向けのボカロシーンでは物語化とキャラクターミュージック化が進んでいるが、そんな潮流とは一切関係なく、一つの「声」=「音色」として音楽を作っているのがmus.hibaだ。
mus.hibaはニコニコ動画を拠点に動画を投稿し、後にsoundcloudに発表の場を移してきた経歴の持ち主。もともとは90’sのオルタナやアニメカルチャーに耽溺しながら、いわば現実逃避の手段として音楽を作ってきたのだという。そのセンスは徐々に海外からの注目を集め、meishi smileの主催するネットレーベル〈ZOOMLENS〉にも所属。アイルランドの20歳のビートメイカー Harmful Logicと共作トラックを作ったり、ジャカルタの3ピースバンドTOKYOLITEのリミックスを手掛けたりと、当たり前に国境を超えた音楽活動を展開してきた。
そういうmus.hibaならではの、ニコニコ動画もネットレーベルも当たり前に普及してきた時代ならではのパーソナルな「至福」が『White Girl』というというアルバムに結晶化している。
柴 那典 |