天井潤之介氏によるアルバム解説:
去年、nobleから届けられたPraezisa Rapid 3000のアルバム『314159265』は、不思議な魅力をもった作品だった。マシュー・ハーバートとザ・ブックスがTalkboyで遊んでいるような、プレフューズ73とマウス・オン・マーズがテープ・コラージュを楽しんでいるような……。ピアノ、ギター、ドラム、トランペットといった生楽器とシンセサイザーをサンプリング&エディットで散りばめながら、ヒップホップ、アンビエント、ジャズ、ポスト・ロック、IDM、映画音楽と多彩な趣向を凝らした音楽性が、モザイク状に広がるスキゾフレニックなサウンドスケープ(音の風景)を立ち上げている。たとえば“おもちゃ箱をひっくり返したような”という常套句があるが、彼らの場合、その「おもちゃ」は最新のタブレット端末からボードゲームや百科図鑑やアンティークのブリキまで種類も様々で、そして「箱」自体も入れ子のおもちゃを思わせるような、尽きない遊び心とユーモアを感じさせるものだった。その奔放なアイディアと計算されたデザインが生みだす耳愉しさは、なるほど、アルバム・タイトルに採られた円周率の数字のように、易々とは割りきれない奥深さに秘密があるのかもしれない。
そんなPraezisa Rapid 3000のメンバーであるSimon12345が、別にバンドをやっていたとは不勉強ながら知らなかった。それもPraezisa Rapid 3000より先に結成されていたという。
はたして、届けられたSimon12345 & The Lazer twinsのアルバム『If I stay here, I'll be Alone』の第一印象は、『314159265』がカレイドスコピックな児童文学とするなら、夜の雑踏を舞台としたノワール映画を思わせる。“Damascus”の、緊張感と気怠さがせめぎ合うマス・ロックとブロークン・ビーツの止揚。ヴォーカル・チョップとマレットで叩くようなベース音がアンビエントに揺れる“Wien (April)”。“Siddharta”の媚薬めいた甘いチル&B。“77*R.I.P”はポスト・ダブステップをへて回帰したトリップホップのようで、“Make up Tips”のロボトミックなミニマル・ハウスは、挿入される会話とのコントラストが謎めいたストーリーを喚起させる。そしてMCを起用した“I'll be alone... feat. Beegs Alchemy”は、さながらクラウド・ラップへの応答のようにも聴こえなくない。サンプリング&エディットを駆使したアプローチという点では、Praezisa Rapid 3000とSimon12345 & The Lazer twinsはスタイル的に双子の関係といえるが、後者はよりクラブ/ダンス・ミュージック的な趣向が強く感じられる。マックス・リヒターとノサッジ・シングがベッドルームで戯れているような、ザ・ナイフとジェイミー・XXが架空のサウンドトラックを制作したような……。アルバム後半に収められたReliq、;..、Taquwamiによるリミックス・ワークも素晴らしく、この陰影豊かにモダンな意匠を施されたサウンドに新たな解釈を与えている。
本作『If I stay here, I'll be Alone』は、Praezisa Rapid 3000の『314159265』と同じく、まだまだ知られざる異才演奏家たちの実態を、その豊かなる成果と共に伝えてくれる作品だ。
天井潤之介 |