村尾泰郎氏によるアルバム解説:
電子音楽の歴史において重要な役割を果たしたドイツは、今もパワースポット的な不思議な磁場を生み出している。そもそも60年代にロックンロールという未知の音楽がドイツに押し寄せた時、ブルースやR&Bの歴史を持たないドイツの先鋭的なミュージシャン達は、最先端の現代音楽=電子音楽を導入することでロックを突然変異させた。その結果、クラウト・ロックやテクノ・ポップという異形の音楽が生まれ、ポスト・パンクやニュー・ウェイヴに大きな影響を与えたのはよく知られるところ。そして、今も実験音楽からクラブ・ミュージックまで渾然一体となっている電子音楽の〈黒い森(シュヴァルツヴァルド)〉から、またしてもユニークな才能が登場した。
Praezisa Rapid 3000はSimon 12345、Devaaya Sharkattack、Guschlingの3人組。彼らはかつては東ドイツに属していた古都、ライプチヒを拠点にして、2010年に自分達で立ち上げた自主レーベル、Doumen Recordから、これまで2枚のアナログEP「Mandy Sagt Das Ist Naturmusik」「Doebeln / Detroit」をリリースしている。なかでも、「Doebeln / Detroit」は、ほかのアーティストの12インチの上にペインティングを施したアートワークが斬新で、そのハンドメイドな仕様からは彼らのDIY精神が伝わってくるようだ。そんな彼らのファースト・アルバム『314159265』は、ジェイムズ・ブレイクやゴールド・パンダなどポスト・ダブステップのアーティストたちと共振するようなビート・マナーを感じさせつつも、そこから生み出されるグルーヴはオーガニックで柔らかな弾力がある。それは彼らが、まずバンドとして機能していることが大きいからだろう。揺らめくようなギターの音色をはじめ、トランペットやタンバリン、ピアノなど生音のアコースティックな調べを散りばめながら、バンド・サウンドを解体/再構築してハイブリッドなアンサンブルを紡ぎ出していく。そして同時に、ユニークなサンプリングと緻密なエディットに宿るマッドサイエンティストめいた実験精神には、クラウト・ロックの遺伝子を感じさせたりするのも面白い。そのほかにも、トリップホップ的な黄昏れた叙情や、ポスト・ロック的ダイナミズム、エレクトロニカのデジタルな美学など多彩な要素が織り込まれているが、全体の印象としてはストイックで風通しが良く、有能な外科医のメスのような鋭利さと繊細さが同居したようなサウンドだ。バンド、アーティスト、そして、アルバム・タイトルに数字が織り込まれているのが印象的だが、数字のように明快でありながら謎めいていて、答えが無数にあるパズルを解くように聴く度に発見があるアルバム。こんなモダンなサウンドが世界有数のクラシック音楽の歴史を持つ街から生まれたことに、改めてドイツという国の持つマジカルな力を感じずにはいられない。
村尾泰郎 |