村尾泰郎氏によるアルバム解説:
今年でレーベルがスタートしてから10年目を迎えるnoble。その記念すべき節目に、初めてのレーベル・コンピレーションが企画された。「noble」という言葉には、「高貴な」「上質な」といった意味があるが、nobleが紹介するアーティストは、実験的だったり、洗練されていたり、懐かしかったり、新しかったり、その感触は様々だが、ある種の気品を漂わせていた。そしてさらに、どこかファンタジックな手触りがあり、エレクトロニカという新時代の糸で織った幻想譚のような趣もあった。そういうわけで、10周年記念のコンピレーション『Invisible Folklore』が、フランス文学者にして作家、澁澤龍彦の小説「高丘親王航海記」にインスパイアされたコンセプト・アルバムなのを知った時は、これ以上ない組み合わせに思えた。
〈原作〉となった「高丘親王航海記」は、平安時代に天竺を目指して旅立った高丘親王の逸話を、病床にあった澁澤龍彦が自由奔放な想像力で描き出したもの。澁澤の遺作であり、日本の幻想文学のなかでも指折りの傑作だ。小説は7つの章から成り立っていて、それぞれに親王が訪れた不思議な土地が紹介されているが、アルバムではレーベルにゆかりのあるアーティストが、各章をモチーフにして曲を書き下ろすという趣向になっている。鳥のさえずりが高らかに響き渡るエレクトロニカ・オーケストラ、Serph「Depaeture」でアルバムは幕を開け、ピアノの美しい音色が廃墟になった南国の宮殿に響き渡る石橋英子「蘭房」、原作に登場する少女、秋丸に捧げたようなキュートなナンバー、グーテフォルク「yummy dream」など、音楽と小説がイマジネイティヴに共鳴していく。さらに、Pianaをヴォーカルにフィーチャーして、彼女の香気漂う歌声とヒューマン・ビートボックスの生々しいビートが鮮やかなコントラストを描くKASHIWA Daisuke「Sky Liner」。ピアノやギターの残響音が甘美な音響空間を生み出すkazumasa hashimoto「untitled poem114」。グリッチ・ノイズとビートで繊細につづれ織られたAmetsub「distress」など、ゆったりした時間の流れのなかで白昼夢めいたサウンドスケープが広がっていき、やがて聖歌を思わせる神秘的なコーラスに荒々しいビートが絡むworld's end girlfriend 「R.I.P.」で、物語はドラマティックなエンディングを迎える。
「高丘親王航海記」はエキゾティシズムの誘惑に取り憑かれた親王が、南国を旅するなかで見た夢が中心となっている小説なのだが、その夢に感応した本作は「夢見音楽」といえるかもしれない。そして同時に、高丘親王の高貴(noble)な旅をなぞって生まれた本作は、音楽というロマンに導かれて旅を続けてきたレーベルの航海日誌みたいなもの。生前クラシックを愛した澁澤が、もし今も生きていたら、きっとこのモダン・クラシカルな風合いを持つ夢見音楽を興味深く愛でたに違いない。幻想文学とエレクトロニカを巡り会わせた本作は、nobleというレーベルの佇まいを実に魅力的に浮かび上がらせている。
村尾泰郎 |