昨年暮れ、ファイナル・ファンタジー改め、オーウェン・パレットの初来日公演を見て、途中、このSerphのことをふと思い出した。オーウェンはアーケイド・ファイアのストリング・アレンジ担当のメンバーであり、ソロとしても作品を発表しているユニークな自作自演アーティスト。自ら演奏したヴァイオリンの音をその場でサンプリングし、そこに朗々とした歌を乗せていく様子は、新しいスタイルのチェンバー・ポップ/オーケストラル・ポップと言っていいもので、一人であれこれ操作しながら聴衆を楽しませるスタイルはカタチを変えた大道芸人と言ってもいいものだ。その時、もし、Serphがカジュアルな場でライヴをやったらどうなるだろうか?なんてことを思っていた。もちろん、Serphは歌を持たないアーティストではある。オーウェンのようにバンドの一員としての顔を持っているわけでもないしインディー・ロック・シーンにルーツを持っているわけでもない。SerphはDJとしての経験から僅か4年ほど前に鍵盤奏者へとシフトしてきた変わり種だ。だが、ポップ・ミュージックとクラシック音楽との間を軽やかに行き来しつつ、映像を想起させるようなファンタジックな世界を作り上げているという意味においては、オーウェンと視線の先にあるものは同じなのではないか。そんなことを想像するにつけ、ぜひ生でSerphの演奏を見てみたいと感じたのである。
そんなところに届いたのがこの新作だ。タイトルを見て驚いた。『Heartstrings』。昨年発表されたオーウェン・パレットの目下の最新作のタイトルが『Heartland』。何か呼応するものがあるのではないか!と。
そして、実際に耳を傾けてみて、これまで以上にカラフルで躍動的でヒューマンな作品になっていることにも驚かされた。もともとSerphは電子音楽やエレクトロニカといった音楽に対するシンパシーが強い作り手。クラシック音楽の教育も受けていない。だが、作品を発表するたびに実に鮮やかに音作りの裾野を広げてきた。今やその音楽的ボキャブラリーはSerphと同世代のクリエイターよりも遥かに豊富だし、新たな音との出会いに対しても柔軟だ。
そして、何よりこれは筆者がSerphを好きな一番の理由だが、彼の作品には優雅さと気品がある。今回の作品も、配する電子音が丸みある質感だからか、サウンド・プロダクション全体は実にバウンシーで温もりがあるし、アルバム・タイトルにも通底する室内楽を模したようなストリング・アレンジも特有の優美さを孕んでいるのがいい。そんなSerphの持つ他には得難い魅力がこのアルバムで一つの到達点を見たのではないか。そう思える完成度の高さだ。
優雅さ、気品、優美さ…その点においては、あるいはさすがのオーウェン・パレットもSerphに先を譲るのではないかと思えるほどの仕上がりとなったこの『Heartstrings』。“心の弦”で鳴らされたこのファンタジックで甘美で、そして誰よりも優雅なポップ・ミュージックに今こそ祝杯を!
2011年2月 岡村詩野 |