小山 守氏によるアルバム解説:
吉田靖のアルバムはこれが3枚目になる。06年の『Secret Figure』ではヴァイオリンやピアノなどの生楽器とグリッヂ音とを融合し、08年の『Little Grace』ではライヴ的なダイナミズムを前面に出して、ほぼ全編生音だけのアンサンブルで通した作品だった。作品を重ねるごとにエレクトロニカ的要素が後退して、クラシカルな室内楽的要素が強まってきているわけだが、今回のサード・アルバム『Grateful Goodbye』はその指向をさらに推し進めた作品といえる。
本作の構成要素は弦楽器隊や管楽器隊、ピアノ、アコースティック・ギターなどが中心となり、前作とほとんど同じなのだが、受ける印象はかなり違う。演奏のアンサンブルもプレイ自体も、また全体の構成にしても、すべてに於いて計算し尽くされ隙がないかのような作品に仕上がっている。タイトル曲での弦楽器と管楽器をフィーチャーしたバンド・アンサンブルが躍動するところから始まり、中盤のストリングスによるオーケストラル・ヒットで場面が転換。そこからアコギやピアノ・ソロの短い曲が続いて組曲的構成になり、クライマックスとなる10曲目「chromatic Chronicle」ではマーチング・リズムとともに管楽器隊がほのかに明るいメロディーを奏で、やわらかな光に包み込まれるようなイメージの音像を描き出していく。ひとつのストーリーに沿って進んでいくような、極めてコンセプチュアルな作品だ。
吉田本人によれば今回は「どの曲も共通して“別れの物語”というテーマを持っていて、1曲ごとに完結するように意識した」(以下、発言はすべて吉田によるもの)という。そうしたテーマを掲げたことで、これまでにはない統一感が生まれたということなのだろう。全11曲はそれぞれ使用楽器も編成も異なり、ピアノ・ソロだったりバンド編成だったりと多様なアプローチを見せ、まるで場面がどんどん変化していく映画音楽のような感触がある。「それぞれの楽曲が、いろんな別れをいろんな視点から形にしていったので、通して聴くと立体的になっている気がします」とのことで、はっきしりた物語があるわけではないが、さまざまなエピソードの集積が大きなイメージを生んでいくような、そんな構造のアルバムになっている。
“別れ”がテーマといっても、本作は決して悲しげだったり暗かったりする作品ではない。そうした要素もあるが、これまでの彼の作風からすれば、むしろ躍動感や生命力といったポジティヴな部分の方が際立っている。アルバム中重要な位置を占めるタイトル曲や「chromatic Chronicle」での、希望を感じさせるようなメロディーと激しくうねる演奏などは象徴的だ。吉田は「別れっていうとネガティヴな響きになりがちですが、僕の中では違っていて。大嫌いなひととか大好きなひととか、僕の場合はほとんど別れながら生きているわけですけど、いろんな良いこと悪いことが足跡として残ることついては、その人たちに感謝したいなっていう気持ちがあって」と言っていて、“前向きな別れ”とでもいうべき彼独自の感覚がよく出ているということだろう。
またこれまでにあった内面を吐露するようなノンフィクション的なところが薄れ、彼の脳内にあるテーマやストーリーを表していくフィクション的な部分の方が強まっているところも、本作における重要な変化だ。彼は「完全にフィクションになりましたね。これまでと決定的に変化した点です」と言っており、それはベッドルーム・シンガーソングライターからストーリーテラーへと変わりつつある、という言い方もできるだろう。さらに「僕自身、変化を楽しめるような性質に変わってきているのが大きい」という彼の言葉にも、ターニング・ポイントのようなものを感じさせる。
総じて、これまでのスタイルを究極まで突き詰めたような完成度の高さが本作にはあり、間違いなく最高傑作だと思うし、デビュー以来の3部作が完結したという捉え方もできる。2010年代という新しい時代の始まりを告げる希望の音、とも思える。彼自身「今回は音も演奏もいろんな要素がひたすら良い方向に向かっていた。表現に妥協がなかった」と言っている。彼にとっては、ひとつの終わりと始まりを示すような作品といえるのかもしれない。
それにしてもこのアルバムで、吉田靖の音楽はこれまで以上にカテゴライズしづらくなった。すでにエレクトロニカとは遠く離れているし、以前からよく言われているポスト・クラシカルという言い方が最も近いと思うが、その言葉で括ろうとしても無理がある。個人的に2000年代後半あたりから、内外のシーンはもはやジャンルではなく個々のアーティストがいかに個性を出すかが重要になってきていると感じているのだが、彼もそういうところで勝負できる人ということだと思う。これからの2010年代に彼は、どんな風に変化し、どんなストーリーを見せていくのだろうか。
小山 守 |