天井潤之介氏によるアルバム解説:
「薄皮」を意味する古代英語の「filmen」に由来をもつという「film」。その複数形を名前に冠した「films」の音楽は、まさに、そんな「薄皮」が幾重にも繊細に織り綴られたヴェールのイメージにふさわしい。
ピアノ、ヴァイオリンやヴィオラ等のストリングスといった、音色豊かに彩るクラシカルな生楽器と、静謐なトーンで空間を飾る電子音。それらがおごそかに溶け合いながら、まるでタペストリーやキルトを綴るように、シンフォニックで壮麗なサウンドスケープを描いていく。皮膜に感光する音の瞬きを集めるようにして生まれる、モアレにも似た魅惑的な風合い。あるいは、そうしてさまざまに交錯する音同士の連なりを丁寧に追うことで、ある種の物語性や叙情的なモーメントに満ちたシークエンスを形作る光景は、まさしく「映像的」といえるかもしれない。そして、その多彩なグラデーションがかたどるヴェールの向こう側から、儚げに輪郭を滲ませた女性の歌声が、彷徨うように聴こえてくる。
いや、実のところ、わたしたちはfilmsという音楽家が、いったい「誰」で「何者」なのか、知らされていない。ソロ・アーティストなのか、バンドやユニットなのか。はたまた「彼女」なのか、それとも「彼ら」なのか。実像は、あくまでその音楽や、そこに浮かび上がる表情やニュアンスを通して、ほのかに窺い知れるのみ。さまざまなイメージや情景が折り重なり、陰影に富む“皮膜の層”を形作るサウンド同様、filmsという存在自体もまた、ここでは奥深いヴェールに包まれている。
6曲目の「I’m sleeping under the Dead tree」。たとえば『不思議の国のアリス』は最後、姉のいる木の下でアリスが目を覚まして物語の幕を閉じるが、この曲が伝える「枯れ木の下で眠る少女」のイメージは、どこか不吉なものを予感させる。アリスが夢のなかで冒険したシュールでスラップスティックなワンダーランドならぬ、たとえばヤン・シュヴァンクマイエルの映像作品なんかを想起させる、ゴシックで幻想的なダーク・ファンタジー。そして、しかしこの曲に限らずfilmsの音楽には、どこかこの世界の聖俗/美醜を併せ呑むような、独特な美意識のありようを感じさせる。それは、あるときは身近なひとの死を悼むレクイエムのように響き、またあるときは箱庭的な少女趣味が横溢したドリーム・ポップのように奏でられ、聴く者を“もうひとつの不思議の国”へと誘う。
アルバム『messenger』は、いわばその案内状。そこに広がる世界に足を踏み入れたとき、わたしたちはfilmsという音楽/音楽家の「実像」に、初めて触れることができるだろう。
天井潤之介 |