松山晋也氏によるアルバム解説:
様々な新しい楽器やエフェクターの開発、録音機器や編集機器の廉価化などを背景に、90年代以降、エレクトロニク・サウンドの大衆化とヴァリエイションの拡大は急速に進んだ。今や電子音は、生楽器と同じような手つきで扱われ、生楽器と完全に同じ地表で鳴り響いている。電子音と生楽器の調和も、ますます深まっている。両者をいかに自然に一体化させ、オーガニックな世界を作り上げるかは、エレクトロニカ〜ポスト・ロック、更にその後の流れに限らず、ポップ・ミュージックにおける主要テーマの一つと言っていい。
といった趨勢に鑑みても、kashiwa daisukeのこの新作『program music I』は、まさにジャスト・ミートであり、更にその先をも射程に捉えた作品だろう。
kashiwa daisukeは、福岡を拠点とするポスト・ロック・バンドyodakaのギタリスト/コンポーザーとして活動した後、ソロに転向し、2006年にドイツのレーベル〈onpa〉から1stソロ・アルバム『april.#02』をリリースした。そこでのデモ・トラックが、坂本龍一のラジオ番組「RADIO SAKAMOTO」の中で激賞されたことも、彼の名を世に広く知らしめるきっかけになったようだ。確かにkashiwa daisukeの作るサウンドと坂本の音楽は、ノルタルジックでややオリエンタルなメロディが多いこと、全体に映像的な感触が強いことなど、共振する部分が少なくない。kashiwa自身も「やはり無意識のうちに影響はかなり受けてるかなと思います」と語る。が、実際に彼の現在の制作スタイル/スタンスのきっかけと基盤になったのは、イタリアの伝説的ノイズ・アーティスト、マウリツィオ・ビアンキ(MB)との出会いだった。
「MBの音楽を初めて聴いて、音楽(表現)ってこんなにも自由なんだと改めて気づかされたんです。それまでは、音楽やるならバンド、バンドなら歌モノ(5分)って固定観念が染みついてて、全然疑問を感じてなかったんですが、MBを聴いて、全然目立った展開もないし、もちろん歌もないし、長いし、何だこれは?って思うと同時に、自分の中で何かが覚醒した感じがありました。表現ってのは自由で、自分の好きなことを自分のやりたいようにやればいいんだってあたりまえのことに、その時初めて気づいたんです。それから過去の曲も全部捨て、インストにして、バンド名を変えて(これがyodaka)再出発しました」
そして、yodakaでの新しい表現をより深く追究せんと、ソロ活動に転じた彼が、前述の『april.#02』に続く新作として発表したのが、今回の『program music I』というわけだ。
この新作は、生楽器とコンピューターやサンプラー等のエレクトロニク機器の大半を自身で演奏、編集するというベーシックな制作スタイルは前作と同じだが、アレンジのヴァリエイションがより広がり、アンサンブル全体が、かなりダイナミックかつドラマティックになっている。そして何よりも大きな特徴は、これが「銀河鉄道の夜」と「走れメロス」をモティーフにした(1曲目「stella」が「銀河鉄道の夜」、2曲目「write once, run melos」が「走れメロス」)、一種の標題音楽となっている点だ。アルバム・タイトルも、ずばりそのものだし。これについて、本人はこう語る。
「テーマとして前作は自分の内側のイメージを主に表現しましたが、今作はテーマになる物語を選ぶことで、聴き手に楽しんでもらえるよう意識しました。小説をモティーフにした理由は、皆が知っている物語を音で表現してみたいといった思いからです。でもそれは、決してその物語のサウンドトラックという補佐的な意味ではない。音楽そのもので積極的に物語を表現することで、原作を知らない人が聴いても、原作の世界観や登場人物たちの心情が伝わればとても楽しいなと思います。サウンドトラックだと、物語に合わせて音を作りますが、それとはちょっと別の発想です」
90年代以降の様々な新しい音楽を経た手法と編集テクニックを駆使しつつも、70年代のプログレッシヴ・ロックや19世紀のロマン派音楽にも通するドラマ性豊かな世界。クールなたたずまいの一方でむせ返るようにエモウショナルなこの音楽には、ポスト・ロック以後の様々なヴィジョンが見え隠れしている。
松山晋也(音楽評論家) |