岡村詩野氏によるアルバム解説:
まるで少女がまっすぐ空を見上げて笑顔を見せたまま朗らかにハミングしているようだ。Pianoではなく、Piana。洒落た名前だな、と思いながら、初めてPianaの歌に触れた時のそんな想像を今も思い出す。01年に発表されたオムニバス・アルバム『Weather』。さかな、空気公団、山本精一、ASLN、サンガツ、ツジコノリコ、GROUPなど今振り返ると実に豪華なメンツが参加していたそのアルバムの中で、ひときわポップでわかりやすいポップ・ソングを聴かせていたのがpianaがヴォーカルのユニット=Card Skepperだった。歌モノでもポスト・ロックとかエレクトロニカといった文脈で語られるアーティストとは違い、可愛らしい歌と着飾らないメロディを素直に出していたCard Skepperは、その中では明らかに異質、というか圧倒的に人懐こい存在。いつお茶の間に進出してもおかしくはないとさえ思えたものだった。
だが、その後、ソロとしての活動を本格的に始動させたPianaは、ミュージシャンとして急速な進化を遂げるようになる。まだあどけなさを残していた少女は、次第にはにかむような笑顔を見せ、やがて色気をほんのりと滲ませ、そして憂いを覗かせるようになった。輝くばかりのポップ・ソングを奏でていたカナリヤのような歌声は、奥深い森の中にひっそりと棲む木々の精霊のような歌声へ。生き生きとした空の青さを伝えていたメロディは、瑞々しい朝露の滴りを掬い上げる音階へ。その変化は鮮やかなまでに美しく、そして情緒的な感動を呼び込むものだった。
そんなPianaの現在を映し出したのが本作だ。欧米からアジアまで広く活動の場を広げている彼女は、昨年秋にも、ハー・スペース・ホリディとROMZの代表的アーティストでもあるジョセフ・ナッシングとコラボレーション・シングルをリリースするなど引く手あまたの活躍を見せているが、ここではそうした周囲の喧騒をよそに、甘やかで凛々しい音の営みをそっと聴かせている。生のヴァイオリンやチェロが、音が呼吸し脈動する様子を伝える楽曲や、まどろみ揺れ動くメロディにピアノがキリリとしたアクセントを与える楽曲など、アレンジも過去の作品以上に丹念に組まれている印象だが、目に見えぬ躍動を静かに拾い上げるかのような彼女の歌声は、そうしたクリエイターとしての成長をどこまでも軽やかなものへとしている。だから、Pianaという音楽の中の少女は女性へと変わったが、ピュアネスは驚くことにそのままだ。どれほどオブスキュアなサウンドになっても、どれほど音楽家としてのクオリティが高まっても、Pianaのポップであろうとする真摯な視線はまったく変わっていない。
おそらく、彼女は音を作ることを丁寧にこなしながら、それでも歌うという行為そのものを今も楽しんでいるのだろう。このアルバムは、Pianaという女性の創作性の高さを証明したアルバムではあるが、一方で、歌い手としてのそんな変わらぬ本能を浮き彫りにした1枚とも言えるのではないか。きっと5年後も10年後も彼女は進化を遂げながらこうやって歌い続けるのだろう。本作を聴きながらそんな風に想像していることが、筆者である私も今はなんとなく楽しい。
2007年3月 岡村詩野 |