村尾泰郎氏によるアルバム解説:
Gutevolkとは、西山豊乃によるソロ・ユニット。でも、Gutevolkとはどういう意味だろう。と、ここで辞書は引かず、言葉の発音に耳を澄ましてみる。〈グーテフォルク〉。何やら学術用語のようでもあり、焼きたてパンのお店の名前のようでもあり。どっちにしても、ドイツ語の響きがどこか懐かしい。そういえば彼女は、ケルンのミュージシャン、ヴィクセル・ガーランドのアルバムにヴォーカルとして参加したこともあった。
彼女の歌声に心奪われたのは、ヴィクセルだけではない。竹村延和や高木正勝といった、日本を代表する音楽家たちの作品にも招かれているし、ヨーロッパでもツアーを行ってきた。とにかく、彼女の歌声は、不思議なノスタルジアを滲ませている。子供の頃に読んだ童話、その語り手がまるで彼女だったような、どこかできっと出会ったことがある歌声。
Gutevolkの音楽は、そんな彼女の歌を織り込んで、マントのようにふわりと聴き手を包み込む。『suomi』から約3年半ぶりとなる新作のタイトルは、『グーテフォルクと流星群』。今回、驚かされるのは、サウンド・プロダクションが一段と豊かになっていることだ。コンパクトなバンド・サウンドをベースにしながら、さながら星屑のように散りばめられた電子の輝き。とはいえ、いわゆるエレクトロニカとは、ちょっと違った雰囲気を持っている。
曲の輪郭はくっきりとしていて力強く、思わず口ずさみたくなるほど人懐っこい。そして、トイピアノやストリングス、子供たちのおしゃべりが、アルバムには賑やかに溢れている。このアレンジ面での充実は、共同プロデュースとして名を連ねているkazumasa hashimotoとのコラボレートの賜物だろう。オモチャ箱をひっくり返したような、というか、そっと覗かせてくれるような楽しさだ。
そんななかでも、いちばんの“宝物”といえるのは、やはり西山豊乃の歌声だろう。それはまるで、ガラス瓶に入れた星。決して、これ見よがしに前に出てくることはなく、どこか一歩引いて、曲全体を静かに照らし出している。だからこそ真夜中に本作を聞けば、よりいっそう美しく輝くはず。
そういえば、「流星群」という言葉で思い出すのが、『タルホ座流星群』なんて本も出している希代のモダニスト、稲垣足穂だ。その足穂のショート・ストーリーに、黒猫のシッポをハサミで切ったら、流れ星になって夜空に駆け上がった、なんてお話があった。もしかしたらそこには、グーテフォルク座も煌めいていたかもしれない。
なんて想像しているうちに、あっという間に聴き終えた本作。もう一回、聴かなきゃ。
村尾泰郎(Yasuo Murao) |