天井潤之介氏によるアルバム解説:
チェロやヴァイオリンの、おごそかだが溌剌と舞う優雅な音色。ピアノの、はりつめた抒情をたたえるみずみずしい音色。ギターの、おだやかでぬくもりに満ちた澄んだ音色。あるいは、いきいきとざわめき立つ電子音や細やかなノイズ。鳥のさえずりなど遠くからこだまする具体音。そして、祈りにも似た静謐なトーンで、ささやくように優しく歌われる女性のヴォーカルーー。
そこではいろいろな音が鳴っていて、そこからはいろいろな音が聞こえてくる。しかし、それらの音たちは不思議と静かに感じられ、耳に残る余韻はとても繊細なものだ。その一音一音のあざやかな響きに心を奪われながら、同時にその背後を流れる時間や、その音たちが生まれる場所、あるいは音と音の間に横たわる静寂の存在が強く意識されるような、いわくえがたい感触が彼女の音楽にはある。
アコースティック、室内楽、クラシック、エレクトロニカ、アンビエント、現代音楽、環境音楽、もしくは最近の“奇妙な”フォーク・ミュージックたち……そこにはいろいろな種類の音楽との共通項や、影響と反映を指摘したり実感することができるにちがいない。しかし、それはあくまで彼女の音楽の輪郭をなぞる行為にすぎない。もしも彼女の音楽と真に出会いたいのであれば、その音像の向こう側に広がる世界に想像力をめぐらせ、それが伝える「何か」に注意深く耳をかたむける必要がある。端正な音の内奥を貫く雄々しいイマジネーションの鼓動を、アンニュイな歌声に隠されたエモーショナルな息づかいを、聴き逃してはいけない。そして、すべての音が鳴り止んだあとの、そのほのかな残響のなかに私たちは、彼女の音楽が描きうる至上の美をその耳と心にありありと感じることができるはずだ。
それにしても、midori hiranoとは、いったいどのような女性なんだろう。どんな女性がこの音楽を作っているのか。あるいは、その音楽が産み落とされるとき、彼女は何を考え、想い、またそこではどんな世界が彼女とその音楽を包み込んでいるのだろうかーー。そうして僕は、今日も『LushRush』を聴きながら、彼女にまつわるあれこれに想いをつのらせる。
天井潤之介 |