福田教雄氏によるアルバム解説:
「kazumasa hashimoto」とアルファベットの小文字が17個並ぶと、何だかとても精緻で現代風のイメージがわいてしまうけれども、実際、その音楽から思い浮かべられるのは、例えば、誰もいない洋間のような部屋だったりする。
縁側越しに西日が差し込んでいて、舞い上がった埃をキラキラと照りつけている。古いけれど、毛足の長さが質の良さを伝えている絨毯。誰も使わなくなって久しいアップライト・ピアノの上には異国風の置物なんかを飾ってもよさそうだ。でも、そこに身構えてしまうような気取りはない。それに、どこかのアンティーク・ショップみたいに、ある既存のコードに支えられた「趣味の良さ」が整然と並べられているのとも違う。
ぼくの耳をとらえて離さなかったものは、そこにある物たちの入念さではなくて、どちらかといえば、そこにある物たちが受けてきたであろう愛着とか愛情のほうだ。kasumasa hashimotoさんのつくり出してきた音楽には、過去にあった未来のような、もしくは未来から振り返った過去のような、そんな質感が常にあるけれども、その音楽の強さの根源には、きっと、その愛着や愛情を育んだ暖かくて親密な時間の流れがあるに違いない。だから、今は誰もいないその部屋だけれども、そこには人の気配が確かに残っている。
それは、笑い声や微笑の痕跡のこともあるし、時によれば、感情のすれ違いやめそめそとした泣き声のこともあるだろう。もしくは、ひとりでピアノを弾く少年の姿をしていることもあるし、小さな仲間たちの秘密のひそひそ話のこともある。
しかし、この新しい作品『strangeness』では、いつの間にか、その少年たちが頼りがいのある青年に成長していたような、今、この場所に食い込んでくるタフさがあるのだ。もちろん、その音楽にファンタジックな質感が欠かせないにしても、その「夢」は、ここでは「希望」と言い換えられるような、そんな手ごたえや重み、強さを湛えたものになっている。現実を乗り越えるための夢の力。そんなものが、この作品にはみなぎっていないだろうか。
さて、人っ気のなかった部屋はピカピカに磨き上げられ、いまや遅しと客を迎え入れようとしている。縁側から遠くを見やると、ブロック塀越しに日常の浮世が広がる。それは何も、気の利いた街並みじゃなくてもいい。いつもあなたが目にしている何の変哲もない景色だ。どこからか漂ってくる匂い。向かいの夕食はカレーライスらしい。さて、僕らは何にしよう。
ポケットから飛び出したポケット・シンフォニー。それをつかまえるために、聴く者も一歩、歩みを進めること。そんなことを、ぼくはこの作品を聴いて教えられた気がした。
福田教雄 |